ちょっとずつ楽しくね。

クロスステッチの作成経過をメインに綴ります。

もうすぐ12年&ちょっぴり可笑しいウチの懐かし写真。

体調も戻ったので、今日は今度の法事のお返しのお品を選んできました。
16日は母の13回忌の予定です。
早いなぁ。。

胃の進行がん、初期との診断で入院手術。
「胃の半分~2/3くらい切除になるけど、初期だから大丈夫」と
心配性な母本人さえ楽観的でした。
その頃の母はよく食べるし、ふっくらしているし、
定期健診でがんと判るまでは想像もしてなかったんです。

元々は小柄で細身で、それがコンプレックスだったらしくて (←贅沢な悩みだ)
ぽっちゃりふっくらした体系に憧れていて、太りたくてよく食べてたんです。
(もちろん食べることも好き)
アタシが「胃の手術すると、そんな風に食べれなくなっちゃうね~」と冗談言うと、
「ちょっとずつ何度も食べればいいじゃな~い?」「1日5食とか6食とか食べるよ~」と
陽気に返してくれるので、(落ち込んでる様子でもなくて)アタシも安心していたのですが。。

いざ手術してみると、リンパにも転移していることが判り、いきなり末期がんで余命6ヶ月の宣告。
事前の検査では見えなかった隠れた箇所にがんが広がっていたそうです。

術後の説明でそのことを聞かされたアタシたち家族3人は
楽観気分から奈落の底へ突き落とされました。

変な話ですが、どう受け止めていいか判らず、
思考回路が拒否反応を起こすんですよね。
説明を聞いた小さな会議室のような部屋には窓があったんですが、、
「あの窓から飛び降りてしまいたい」と思ったほど。

姉とアタシはいつまでも涙が止まらず。
母の麻酔が切れる頃だから、そろそろ病室に戻ってあげないと…と
思えば思うほど止まらない。
目が赤い状態でしたが、まだもうろうとしている母には気付かれずに済みました。

当初から、術後3日間はアタシが付き添いする予定でした。
母に気付かれるといけないので、泣くことも出来なくて。

付き添いを終えて家に帰るとき、姉もお見舞いにきていて
ウチまで車で送ってくれたのですが、
「父さんが仕事で今晩は留守だから、今1人で一晩過ごすのはツラすぎるからウチに泊まりなよ。
 えりりんとさっちんも喜ぶし。騒がしいけど、気が紛れるよ。」と言ってくれたんですが、
家に帰りたくて、頑なに断りました;

有難かったんですけどね。
小さな姪っ子たちの前では泣きたくなかったし、泣けないと思ったし、
3日間ガマンしていたので一人になって思い切り泣きたかったんですよね。。


退院後も母の前では絶対泣かなかったし、
家族の中ではアタシがムードメーカーな存在だったので、
くだらない話して笑わせたり、仕事帰りに毎日のように何かしらお土産を買って帰ってました。

母に食事と体調の管理ノート渡して、つけてもらっていたので、
かわいい付箋なんか買って帰ると、たったそれだけでもすごく喜んでくれるんです。
母の日記に「のーちゃんが色んなもの買って来てくれて嬉しい」なんて書いてあったりして。。
(母の日記盗み読みしていた悪い子です。←体調が気になっていたからです。言い訳~

その頃、母が自分のPCを買ったばかりだったので、
使い方を教えたり、「ここまで出来るように練習しといてね」と日々宿題を出したり。
仕事中に会社のPCから母のPCへメールを送ったり。
(メールが届くと喜ぶもんで
「いいかげん覚えてよねー」とか、いつもの調子で接してました。


母の前で泣かなかったぶん、職場や帰りのバスの中で泣いたりしてました。
職場の上司が「うちの父も胃がんで亡くなったんだけど、
 同じく余命6ヶ月の宣告を受けてから7年も生きたんだから。だから諦めちゃだめだよ。」とか、
取引先のおじさんが「あなたも頑張っとるね。うん、負けるなよ。」とか声をかけてくれるんですよね。
怒られても泣きませんが、優しい言葉をかけられるともう洪水のごとく
恥ずかしいけど、ほんとよく泣いていました。(泣いていたらしいです)

「7年生きた」って話を聞いたときには、即姉に電話して、
上司の言葉をそのまんま繰り返して伝えて、姉も泣かせました。

その上司が家に帰って、アタシの話をするらしいんですよ。(やめてよ
すると、娘さんが「がんばれ、がんばれ、のーちゃん!」とエールを送ってくれるんです
娘さんには「泣き虫のーちゃん」と呼ばれてたそうです。


当時の仕事は忙しくて残業ばっかりだし、
突然会議が入ったりするからアフターファイブの予定は入れられないし、
仕事嫌いだったんですけど、でも仕事のおかげで、
母を亡くした後も頑張れた気がします。
母のために退職した、父のほうがぽっかり穴が開いたつらさをより強く味わっていたかもしれません。
仕事は嫌いだったけど(2度目・笑)、職場の人はいい人ばかりでした。
(普段はね。でも仕事となるとみんな個性的でプライド持ってて、エゴ丸出しで大変だったのよ)


ずっと忘れていたのに、、なんだか思い出してしまいました。

12年経つわけですから、今はもちろんすっかり立ち直ってますけど、
母と一緒にデパートでお買物したり、待ち合わせしてランチしたり、、
そんな小さなことでいいのでもっともっと楽しみたかったな~と思ったりする今日この頃です。
同世代の母娘連れの姿を見ると、とても羨ましく思います。


あらら。前置きが長すぎるってね。

お題は懐かし写真でした。

先日、姪っ子のソーイング写真と一緒にいくつか出てきた写真が面白かったので、
いつか載せちゃおうかしら。。と思っていたものです

ここからは叔母ばかモードに入ります


CIMG4468.jpg
母の術後、退院のお祝いにみんなで半兵衛庭園へお食事に行きました。12年前です。
2月の手術だったので、本当は桜の季節にお花見へと計画していましたが、
母の体調が戻らず、ツツジの季節になりました。

母と姉とえりりんとさっちんとアタシ。(どれか判るでしょうか?笑)
みーちゃんはまだ生まれてないね~。

CIMG4467.jpg
「ばーちゃんの隣に行ってごらん。一緒に撮ってあげるから。」と言うと、
なぜか後ろに行くチビ2人
(ふつー、隣に座るだろ~)

おチビの考えることは想像つきませんな
「だって、うしろに立ってみたかったんだもーん」
さっちん、つま先立ちでかろうじて写ってる感じですが、
それでもえりりんと後ろに立ちたかったのよね。

CIMG4469.jpg
「後ろの景色が入るように、しゃがんでみたら~」と義兄が言うので。

あれっ、さっちんは何処???
さっちんまでしゃがんでる~。
「アンタはしゃがまなくていい~、チビなんだから!」
「だって~、みんなと同じにしたいんだもーん」



 …懐かし写真 つづく。。

 ◆日常、雑記~その他

2 Comments

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2013/09/16 (Mon) 00:58 | REPLY |   

のー  

Re: タイトルなし

内緒のコメントさんへ

優しいお言葉にウルっとしてしまいました。
ありがとうございましたm(_ _)m

無事に13回忌を終えることが出来て、
会食の席でも親戚皆で楽しくお喋りしながら過ごしました。

やっぱり母親って、娘の一番の理解者だったなって、、
今さらですが、思い出の中の端々に気付かされることが多いです。
わがまま娘で心配も沢山かけたと思いますが、
13回忌は感謝の気持ちで過ごしました^^
天国で、少しは安心してくれているといいなと思います。。まだまだかな?(笑)


素敵なメッセージをありがとうございました。

2013/09/17 (Tue) 12:19 | REPLY |   

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